「人間は偉い」と言った場合は、「人間は、他の生きものと比べて、優れている」という意味になります。しかし、本当に人間は優れているでしょうか?
確かに、道具を使ったりすることができるという点から言えば、他の生きものと比べて、優れていると言えるでしょう。しかし、さまざまな道具を作り出すことによって、自然を破壊したり、戦争をしたりしているところを見ると、とても、優れた生きものだとは思えません。
それに対して、「人間は尊い」と言った場合は、「優れている・劣っている、できる・できない、役に立つ・役に立たない、などを超えて、人間は、かけがえのない大切なものであり、敬うべきものである」という意味になります。
つまり、「偉い」とは、比較の上で語ったもので、相対的なものであるのに対し、「尊い」とは、他との比較ではなく、絶対的なものなのです。
人聞は、他と比べて偉いのではなく、尊いのです。さらに言えば、いのちの尊さという面では、人間も、一匹の虫も、一本の草も、全く同じなのです。私は、私以外の全てのものによって、私として存在しています。そのような意味で、私の中に、私以外の全てのものが含まれていると言えます。私は、そのような無限の意味内容をもつ尊いいのちを生きているのです。それは、一匹の虫も、一本の草も全く同じなのです。
「人間の偉さ」ではなく、「人間の尊さ」「いのちの尊さ」を忘れないでいたいと思います。
合掌
龍谷大学非常勤講師 小池秀章